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2005.02.17

映画『Ray』鑑賞

Ray・・・。天才ミュージシャン、レイ・チャールズの半生を描いた作品。

レイの役を演じきったジェイミー・フォックスはたいへん素晴らしく、オスカー確実と言われる所以もわかります。
また、レイの“真実を描いた”というだけあって、彼の音楽以外の部分もこの映画の中に数多くちりばめられており、非常に感動しました。

しかし、この場にそれをどう書いたらよいのか、未だ悩んでおります。

その理由は、彼が、本格的に音楽活動を始めて間もなくの頃から大成してもなおしばらくの間ずっと、ヘロインに溺れていたからです(その後病院に入り、レイは完全にクスリを絶つことができました)。

それが“レイ・チャールズの真実”なんでしょうけど、ではその間曲をつくり続け、歌い続けたのは“本当のレイ”だったのか・・・。

レイは子供の頃、自分の目の前で弟が溺死するのを何も助けることができずにただ見ていることしかできませんでした(それがトラウマとなって、その後の人生でも随所に現れます)。
そして、その後間もなくして今度は自らが視力を失うことになるのです。

母親の強い躾によって暗闇の中でも音を聞き分けて歩くことができるようになり、更に母親から、『盲目でもバカじゃない。物乞いしなくとも、人からの施しを受けなくとも生きていけるようにしっかりと学びなさい』と言われ、盲学校へ・・・(その間に母親をも亡くしてしまいます)。

映画の中でレイは言いました。『(家から)外へ出ると暗闇しかないので、クスリに頼るしかない』と・・・(もうちょっと違った表現だったかもしれません(^^;)。

1950年代の頃のことですから、今とは勿論環境も大きく違います。なにせ有色人種が差別の対象となっていた時代のアメリカですから。

けれど、この作品『Ray』は、“天才レイ”の功績を称えることばかりが大きく採り上げられているようにしか思えません。
一方の“ジャンキー・レイ”は副次的に描かれているようにしか・・・。

最初に書いたように、ジェイミー・フォックスの演技、そして数々のレイの音楽は本当に感動的で、中でも『我が心のジョージア』のレコーディングシーンでは背中がぞぞぞっとなりました。

だからよけいに、マイナスの部分が腑に落ちないという想いでして・・・。

映画を観終わったあと、なんだかとっても複雑な気分になりました。

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